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2008年4月 4日 (金)

タバコ値上げ-その2

4/3の産経新聞に日本財団の笹川陽平会長の「たばこ千円は今や現実的選択」と題するがコラム掲載された.読むと3/4に同じ趣旨のコラムを書いたところ,大変な反響があったのだそうである.

やはり日本財団の会長のコラムだから反響があったのだろう.私のブログではこのようには行かない.私も賛成なのである.

タバコは麻薬と同じものである.共通点は,害があること,回りに迷惑を与えること,人生が狂ってしまう(一家の主人がタバコが原因で癌になり,夭逝したら残された家族は悲惨であるし,又,妊娠中の喫煙は障害児の発生確率は5倍以上である)のも同じである.一方,麻薬と同じく,一度味を覚えた人は喫煙による精神安定作用があるのも似ている.

教育問題が議論となっているが,タバコの害を精確に教えることも重要である.財務省は困るだろうが.

2008年3月 1日 (土)

オランダの喫煙者への年金支払額割り増しはダッチカウント

産経新聞に,オランダからの報道によると、同国で老齢年金を運営する民間基金が29日、「平均余命が短い」ことを理由に喫煙者への年金支払額を割り増しする方針を発表した。愛煙家団体は「喫煙者の権利擁護へ向けた一歩」と歓迎している,との記事が掲載されている.

オランダは福祉国家であり,今では一人当たりのGDPも日本を抜き,小国とはいえ立派な国と思っていた.明治時代にも,西洋に追いつけとの国策で,オランダも日本の目標としていたことがあり,福祉や環境配慮など今でも日本の目標となる国なのである.

しかしながら,今回のこの記事には困惑させられる.私は禁煙論者であり,喫煙は回りの人への暴力だと考えているから,このオランダの民間基金の禁煙を奨励するような施策には憤りを感じるものだ.

ただし,あくまで民間基金であり国策ではないのだから、「平均余命が短い」から総支給額を公平にするとの考えも資本主義には合致しているのかもしれない.公平に分配する,というのはオランダ人の知恵なのだろう.ダッチカウント(割り勘)ということか?

2006年12月24日 (日)

喫煙率

喫煙率に数値目標を定めて禁煙を進めようとしていた厚生労働省が、たばこ業界や自民党などの反発を受けて方針を転換して数値目標を断念することになった.過去にも同じ経緯があり,今回もである.

たばこは財務省にとっても重要な財源としており,厚生労働省も同じ役人である.しかし厚生労働省としてはWHOに対しての面子から,自民党・財界の圧力に屈した形にしたのであり,実に無責任な役人根性の表れである.

世界的にはタバコは害悪との共通認識が形成されている現実に,日本たばこは未だにタバコは個人の趣味だと言い逃れしているのは,例えば今感染が拡大しているノロウィルスについて,そんな事実はない,と言っているのと同等である.

マスコミは自民党・財界の圧力があるのなら,それらの人物を特定し,公表すべきだ.公表し,歴史に名を記録して,彼らの悪あがきを後世に伝えるべきである.

2006年11月 4日 (土)

教育

高校課程の履修不足が問題となっている。全国の高校の10%が不正をしており、監督する教育委員会も是認していたようだ。この問題は、少しでも偏差値の高い大学への進学を希望する父兄と、評価されることとなった高校の両者の暗黙の合意形成がなされたことによるのだろう。

これは通常の課程を学んだ学生と、受験に特化して勉強した学生とでは、明らかに不公平である。又、履修不足であるから大学受験の資格の無い生徒が大学に入学するのは違法のはずである。たが文部科学省は本当の被害者は生徒だ、などと議論を摩り替えて、自らの管理責任を逃れようとしている。

不正義が教育の現場で起きていることは重大であるが、しかし、受験に不正は昔からあった。科挙の時代からである。だから見逃しても良いことにはならないが、ほぼ全員が進学している高校教育まで、この際だから中身を見直したらどうか?問題となっている世界史や日本史の中身はどうなのか、例えば東京裁判をどう教えているのかなど、今の戦争を知らない日本人にとってもっとも重要ではないのか?

昔を思い出せば、世界史や日本史の授業は全く興味が湧かなかった。日本史については、社会人となってから歴史小説を片端から読んで、学んだ思っている。だから私から見れば今回の事件については、少なくとも今の教科書について学ばなくても、当の生徒にとってはどちらでも良いと思っている。そのことがより深刻だ。

2006年9月23日 (土)

国歌・国旗

卒業式や入学式での国旗掲揚・国歌斉唱について、東京都教育委員会が都立学校長に通達を出し、指導してきたことに対し、東京地裁は違憲・違法とする判決を言い渡した。

国旗掲揚・国歌斉唱は強制するものではなく、自然自発的に行うべきものであり、教職員にあっては個人の価値観などがあって、その自由を奪うものだとしている。

これは又とんでもない判決である。公の場や教育の場で国旗掲揚・国歌斉唱するのは世界共通の当然のことである。当然とすべきことを行わないことが、日本のアイデンティティだとでも思っているのだろうか?

外国人からお前は何者だと問われたとき、日本人と答えるのであれば、国旗掲揚・国歌斉唱するのが日本人たるアイデンティティなのである。

オリンピックの表彰の時に、国旗掲揚・国歌斉唱は私には素直に喜ばしいことと思うのだが、この判決をした判事や原告人たちはそう思わないのであろう。一体あなた達は何物なのか?

2006年9月18日 (月)

敬老の日

今日は敬老の日のための休日で、3連休となったわけである。天候がすぐれず、家でごろ寝であった。もっとも家内や娘は出かけたので、その間家事をやらされた。

敬老の日とは「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」と法律で謳われている。今の日本、社会があるのは老人たちのおかげであることは間違いない。

長寿で天命を全うする人生は誰しもが望むものだ。しかし、今の社会やこれからの社会は老人にとってどうなのであろう。自分の生活や家族のことが心配でならない日々の老後は悲しい。

自己責任という一見当然な考えに、冷酷な競争原理が潜んでいる。自然界の動物は弱肉強食てあるが、人ははたして人間たりうるのか?

2006年7月28日 (金)

オレオレ詐欺

親戚が危うくオレオレ詐欺にかかるところであった。電話に出たところ、僕とかオレとか小さい声の相手に対して思わず孫の名前を言ってしまったらしい。なんでも会社で使い込みをしてしまった、との事で孫がアルバイト先でのことと思ってしまった。

オレオレ詐欺は普通振込み先を指定して騙し取るが、その相手は直接親戚の家に取りに来るという。そこに真実味を感じたらしい。

お前のお父さんに言えば金の都合は付くとだろう、と問いただしたが親には言えないと言ったそうだ。流石におかしいと思い、娘である母親にこのことを伝えたのだった。そして父親が帰ってきて話を聞いて、すぐそれはオレオレ詐欺であると断言し、家に居た息子に確かめた後、息子から祖父に釈明させて一件落着となったのである。

オレオレ詐欺は言語道断であるが、身近に起こったことに驚いた。しかし祖父と孫が電話で話す機会はそう無かったのではと想像した。核家族の現代にあってこそ、やはり家族は電話ででもコミニュケーションを図ることが必要なのである。

2006年7月25日 (火)

宗教

パロマの事件や親子殺人、集中豪雨の梅雨はまだ明けず、嫌なことばかりのこの頃である。報道はいつも悲劇が多すぎる。しかし、報道規制がされている中国や北朝鮮よりはずっと良いことなのだ。

世界規模で考えれば、地球には飢えに苦しむ人が20億人いると言われる。エイズ感染が止まらないアフリカの国では、明日が無い幼児が多い。

このような世の中で、どう生きていくのか?と考えても答えは無く、ただ今日を生きていくしかない。

宗教はこうした漠然とした不安に対してもおそらく答えを導いてくれるのかもしれない。宗教を選ぶとすると、キリスト教は教えてくれそうだが、今の宗教戦争を考えると違和感がある。かといって仏教は具体的にどう学べは良いのか、仏教界は手を差し伸べていないようだ。やはり自分で本でも読んで学ぶしかないのだろう。

2006年7月15日 (土)

衝動-2

サッカーW杯決勝でイタリアのマテラッツィ選手がフランスのジダン選手を「テロリスト売春婦の息子」と呼んだとみられるという。読唇術の専門家の分析結果なのだ。

このことが事実であれば、サッカーが青少年に与える影響を考えると本当に悲しいことだ。著しくスポーツマンシップに欠ける行為だからである。

今回のW杯では民族差別の根絶を訴えた大会であった。それが決勝戦で図らずも民族差別的な言葉が原因で、汚点を残すこととなってしまった。

祖国愛とか民族愛は必要であるが、自国を愛するあまりに他国を侮辱することは許せないことだ。この事の道理は自明だと思えるのだが、文明の衝突はいつ終わるのか誰にも分からない。

それにしても夏風邪が抜けない

2006年7月10日 (月)

衝動

W杯はジダンのレッドカード退場によってフランスが敗北した、と思える。PK戦になれば、最初に蹴るはずであったジダンであり、その最初の得点がPK戦を左右するからである。イギリスもベッカムが負傷退場しなければ、PK戦は分からなかった。

それにしてもジダンの頭突きはどうしたことだろう?あれほどの実力・実績のあるジダンに何があったのだろうか?魔がさしたとしか言いようが無い。

ジダンは貧困層から生まれた一代の英傑である。うちに秘めたハングリー精神というか、狂おしい情熱が英雄には必要なのだったのだろう。

英雄の最後の試合には真に残酷な結果であった。世界中のサッカーファン、とりわけ子度達への衝撃は大きかったに違いない。ジダンをMVPに選んだ各国記者は、そのことを和らげようとしたのだろう。

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