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2009年1月31日 (土)

人生には勇気と、想像力と少しのお金

表題はもちろん喜劇王のチャップリンの有名な言葉である.チャップリンが活躍した時は,1929年に始まった世界恐慌の時である.人びとはチャップリンの演じる恵まれない労働者である主人公が,決して夢をあきらめなず,いつも明るい姿に希望を見ていた.

今の世界恐慌は真にチャップリンの時と同じ状況なのではないか?だから「人生には勇気と、想像力と少しのお金」の言葉には今に通じるものがあると思う.勇気とは勿論,この困難な時代を生き抜くのに不可欠であり,想像力は困難な状況をいかに打開するかの方策を考え出す知恵のことであり,そしてそれらは決してとてつもない金が必要ではないのだ,と解釈できるのではないか.

1929年当時は一般の人々はもっと貧しかった.それでも僅かな食糧を家族で分けあって飢えを癒し,肩を寄せあって寒さを凌いだのだろう.現代においても,まだ地球には貧しい人たちがいる.

曽野綾子は慈善活動において必ず成果を自身で確認している.貧しい国の役人がねこばばしてないかを確かめるためである.アフリカのある小学校を建てたので見に行ったところ,子供たちは昼食を誰も食べようとしなかった.訳をきくと持って帰って家族で分けるという.どんなに貧しくともそこには愛がある.これが世界の貧しい国の現実なのだ.

それを思えば,いまの経済不況などはいかほどのものか,我々は知るべきだある.それにしても今の世界の指導者に愛が全く見られないのは,文明の発達と文化の進化とは全く相関が無い,ということか.

2009年1月17日 (土)

消費税について話を整理する必要がありますね

麻生内閣が税制改正関連法案付則に消費増税を3年後に実施する旨明記するという方針に,自民党のかなりの議員が意見を異にしている.この経済不況の中で,総選挙を控え増税するわけにはいかないという.

現在,100年に一度という世界的な大不況であること確かで,この不況が何時まで続くのか誰も分からないのだろうと思う.まさか,この大不況が仕組まれたものではないと思うからだが,しかし20年前の日本のバブルは,どこかの組織にによる罠に掛かったのだというのた確かではないか?

それに,100年に一度の大不況,という言い方があらゆる経営者の責任を免じるためのプロパガンダという気もしないでもない.技術者の私には経済のことが分からないからなのだが,日本を代表する会社がいち早く弱者である,契約社員や派遣社員をリストラしたのは全く心情的に許せない.

話を戻せば,現在の不況対策と,将来的な社会保障について国民を安心させること,この二つは,話が違うようでいて実は,景気回復のための購買意欲を高めるために同時に議論すべきものだと思う.

消費税増税の前に行政改革や,退官後の渡りをやめさせ,省庁の外郭団体を廃止することなどは断行すべきである.又,3年後と明記しても,前提は社会保障制度を国民が納得すること,そして経済状況が回復していることなのである.

そうすれば消費税を高めることの必要性は,欧米諸国を見ても明らかであり,何時までも先延ばしにすることは,少子化の進む日本には許されない.新たな社会保障制度に対し国民の理解が得られれば,少子化対策にもなろう.

麻生内閣は国民にこのことを分かりやすく,何度も説明しなければならない.こんな時こそNHKは毎日でも特集を組んで,公共放送としての責任を果たすべきだ.

2009年1月10日 (土)

非正規社員のリストラ

世界的な大不況のため,大企業のリストラが問題となっている.超優良企業のトヨタが3000人のリストラの発表したのはトヨタショックと言われている.3000人はすべて非正規社員であった.

販売が30%以上も落ち込んでは生産調整は当然であり,余剰労働力はコストカットの対象となる.その矛先となったのが非正規社員なのである.国際的競争力確保のためには,苦渋の経営判断なのだという.

しかしトヨタが真っ先にこの低賃金の非正規社員をリストラしたのには納得できないものがある.私は以前社内研修で経営学を学んだが,社外の講師が題材にしたGEのウェルチが行った大規模なリストラを思い出す.とても日本では出来ない経営と思ったものである.

3000人の非正規社員の給与は150億円もいかないだろう.3年間我慢しても450億円である.昨年トヨタは1兆7千億円の経常利益をあげ,余剰金は7千億円,繰り延べ余剰金は12兆円である.リストラしてトヨタにとってわずかな利益を確保するのと,非情なイメージダウンとどちらが良かったであろう.

2009年1月 4日 (日)

栽培員制度の始まり

今年からいよいよ陪審員制度がスタートする.今年陪審員になる可能性がある人には,すでに内定通知が届いているはずである.通知が来てもまだ裁判員となるわけではなく,これから事情聴取やら,適正(御幣のある言い方だが)診断などによって決まる事になっている.

家内などは陪審員などはとんでもないと言っているが,実は私はやってみたいと思っている.興味があるのである.私は技術屋なのだが,小説やドラマで読んだり見たりするのは,圧倒的に司法関係,法定ものや刑事もの,サスペンスなのである.小説の数は200冊いや300冊以上,だから法律用語も結構知っている.仕事においても,裁判所(民事)に何回か行ったこともある.

しかしながら法定には入ったことがない.だから裁判官と検事,弁護士と被疑者と証人とで行われる裁判には非常に興味がある.他人のプライバシーや数奇な事件への興味があるが,それよりも事件の立証の論理性や,罪と罰との判断の理由がどのように行われるのかが知りたいのである.

ことほどさような訳で,私は裁判員候補者の通知を待っている.『12人の怒れる男』も2回見ている.ヘンリー・フォンダになれるのである.しかしこのようなブログを書いてることが知れたら,コンピュータのデータから削除されるかもしれない.

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