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2008年8月30日 (土)

山谷ブルース

久しぶりに岡林信康をテレビで見た.何年になるのだろう,30年以上たっている.見たのはNHKのBSで,初めは団塊の世代を狙った「懐かしのフォーク」見たいな番組で,何人もの懐かしい歌手が出てきたのだが,その中に岡林信康がトリの形で出てきたのである.次は一週間後に,同じBSで今度は岡林信康だけの番組だった.

岡林信康は私にとっては忘れられない歌手である.地方の大学に下宿し,大学のサークルに入ったのだが,部員の中にフォークギターを弾くのがいて,彼の下宿で酒を飲んでは弾き語りを聞いたものだった.音楽とは中学校以来無縁だった私が,やがてギターを購入し,アルペジオを弾くこととなった.

自分でたどたどしく弾いて歌ったのは,岡林信康の「友よ」が最初だった気がする.歌詞も良かったのだが,コードが簡単だったせいもある.岡林のレコードも購入し,聴いてみるとフォークからロックへと変わっていった時期だった.私もフォークからロックも良いなと思い,今度はすでに解散していたビートルズを聞くようになっていった.かように岡林は,音楽という趣味を私にもたらしてくれたのである.

それにしてもBSで岡林が最初に歌ったのが「山谷ブルース」だったのはなんと時機を得た歌なのだろう.格差社会といわれる現在,「日雇い派遣」というその日にならないと仕事が分からない(仕事の内容や,そして仕事自体あるかどうか)人達は,正に「山谷ブルース」なのである.

2008年8月23日 (土)

靖国神社に参拝しよう

最近,仕事の関係で九段に行くことが多く,靖国神社の脇を通っていくものだからいつもお参りすることにしている.もともと地元の氏神様の前を通る時には,境内には入らないまでも遠くからお辞儀をしているのものだから,まさか靖国神社の前を素通りするわけには行かない.

神社とかお寺や,道端の小さなお地蔵様にもなんとなく挨拶しなければ落ち着かない,というか,これはやはり小さい頃,家では両親が必ず毎朝仏壇や神棚に手を合わせていたのを見ていたからであろう.

日本人は無宗教と言われることがあるけれど,確かに私自身,仏教徒や神道信者の自覚はなく,ましてキリスト教やユダヤ教徒ではない.しかし,前段のようになんとなく気になって参拝する.つまり主動的ではないが,受動的な神道,仏教徒なのであろう.

宗教を持たないものは国際的には,胡散臭い者と見られるが,しかし一神教はその神様のためには戦争をし,そして他神教徒を殺戮する,という残虐性をもっている.私は宗教に詳しくはないが,一神教というのは,時の為政者,つまり人間が考えた概念であるがゆえに,このような本来人を救うはずの宗教が人を殺すと言う矛盾があるように思える.

だからというのは短絡なのだが,私みたいに神社を通りかかったり,正月などに参拝するくらいの宗教との付き合いが良いのではと思っている.しかし,靖国神社は厳かですね.

2008年8月16日 (土)

北京オリンピックを見ながら

現在北京オリンピックは中盤戦を終わろうとして,日本の活躍は,まあ,こんなものだと思っていたが,それにしてもシナの活躍には驚いている.史上最大の選手団は主催国だからできるとして,これだけ金を始めメダルを獲得するとは,世界中が驚いているのではないか?

これだけの活躍が出来ているのは勿論一朝一夕ではなくて,数十年にわたる国家戦略の結実なのである.なにしろ13億人もいるから,子供のときに身体能力が高い子を見出して,国がその子を育てていく.親にも手当てが出ているだろうから,親も子供にとっても異存は無かろう.そして,多くのふるいにかけられて残った者たちが出てきているのだ.

翻って日本の教育はどうなっているのだろう.資源の無い日本では,教育によって子供を世界に通用する価値を持つ大人にする事によってのみしか,これから生きていくしか出来ないのである.

日本が三流国に陥らないためには,外交や国防も大事であるが,教育がやはり基本にあるのだろう.ノーベル賞の受賞率が桁違いなユダヤ(系)人の伝説に,ユダヤが国を滅ぼされたとき,学校だけは壊さないでくれ,と懇願したのはこのことである.

2008年8月10日 (日)

毒入りギョーザの真相

胡錦濤の来日やら洞爺湖サミット,そして北京オリンピックと,シナの事情があったものだから,今まで毒入りギョーザについての真相解明はあいまいのままであった.しかし,読売新聞のスクープで毒入りギョーザはシナで作られたことが判明した.

読売のスクープがどうやって情報入手したのが分からないが,おそらくインターネットによるものか,外務省からのリークである.高村外務大臣は,情報提供者からの要請でオフレコにするのは,世界の常識だそうで,一見もっともに思う.

しかし,それにしても日本の警察による調べに対して白を切り通したシナは,やっぱり民主国家ではないね.しかも毒入りギョーザというのは,何年か前の30人以上毒殺した飲食店主事件と同じで,人間の命に対しての観念が例えば日本人とは全く違うと思わざるを得ない.

シナ人の9割が無宗教なのだが,この無宗教は本当の無宗教(ちょっと変な言い方)で,日本人が無宗教と言うのとは全然違う.国際的には,無宗教者は変人扱いされ,何をするか分からない者とみなされる.キリスト教であれ,イスラム教であれ,現世で悪いことをすれば地獄に落ちる,というのは犯罪防止効果がある.

では日本人はどうかといえば,結婚式は教会で行い,赤ん坊が生まれればお宮参りする.正月も神社か,お寺にお参りする.葬儀は仏式が多い.だから,毎日や毎週のようには神に祈るという宗教ではないが,宗教観はあると言えるだろう.なにより(ほぼ)単一民族・農耕民族の助け合いという,相手を思いやる気持ちはずっと続いている(最近の凶悪犯罪については,私は本当の日本人ではないような気がしている).

今回の毒入りギョーザ事件は,少なくともオリンピック閉会後には真相を究明しなくてはならない.そして,日本人が思っている宗教観・倫理観・人命尊重などが,この世界にはそんなものなど無い国があることを肝に銘ずることだ.

2008年8月 2日 (土)

選挙のための肩書き欲しさの内閣改造

今日福田内閣の下で内閣改造が行われた.内閣の顔ぶれを見ても何の魅力も無く,何のための内閣改造か分からない.

自民党の幹事長に麻生太郎が起用されたのがちょっと意外であるが,今の幹事長は,選挙対策委員長なる4役目が出来て,以前の幹事長とは権限が小さくなっている.議員は落選すればただの人だから,公認選びや,選挙資金についての権限が幹事長に無いのなら,一体,幹事長とはなんなのだろう?

その問題の選挙対策委員長には古賀誠がちゃっかりと留任している.この古賀は悪しき自民党の象徴のような人物で,靖国問題では全くの風見鶏で,とても日本の国益を考えている政治家ではない.

閣僚は17人で,そのうち新しい大臣は4,5人だが,これから副大臣とか政務官はおそらく総入れ替えで,カウントダウンの総選挙のための肩書きが付く事になる.内閣改造はただそれだけの目的である.

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