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2006年6月30日 (金)

たばこ値上げ

明日7月1日からたばこが値上がりし、マイルドセブンやマイルドセブン・スーパーライトは270円から300円になる。1箱あたり20~30円の値上げで、これにより、国と地方合わせて年間約1800億円の税収増を見込んでいるそうである。

私はたばこをやめてかなりたつが、やめて以来たばこの副流煙には非常に迷惑している。たばこをやめると食物のおいしさが良く分かるようになるが、同時に匂いにも敏感になって、外を歩いていても、前に喫煙している人がいるとすぐ分かり、急いで当人を追い抜くのが常である。

WHOは喫煙は疫病とみなしており、2006年のスローガンは「たばこ:どんな形や装いでも命取り」である。「ライト」、「マイルド」、「低タール」といったたばこの宣伝は欺瞞だとしているのである。

日本は米国、英国、フランス、ドイツに比べまだまだ煙草は安く、今後もさらに値上げすべきである。JTにとっては、ますます肩身が狭くなることだが、JTに対してひとつ提案したい。値上げによる収益をガン研究に寄付するのである。世界の研究者に対し毎年500億円くらい寄付し、その一部で成果のあがった研究に対してノーベル賞を上回る2億円の賞金を設けたら、少しは尊敬されるだろう。

2006年6月28日 (水)

拉致問題

拉致被害者の横田めぐみさんの夫とされるキムヨンナムさんと、母親など家族が28年ぶりに再会した。それを見た横田夫妻は本当に複雑な思いであったろう。

それにしても北朝鮮はなにを考えているのだろうか?明らかに自ら拉致を認めたことになるのだが、なにかキムジョンイルの御心により再会させてあげた、と言わんばかりの報道に思える。全く常識が通用しない国なのである。

常識が通用しない国に対しては、なんら期待をしても駄目なのである。韓国に期待しても今の政権では悪くなる一方であり、ロシアに期待するのも望み薄である。拉致問題を解決するには、経済制裁しか無い。

テポドン2号の発射準備という行為は墓穴を掘ることになりこそすれ、なんら北朝鮮に有利に作用することは無い。今が正に経済制裁の機会なのである。

2006年6月25日 (日)

責任者

ポスト小泉がいよいよ本格化しだした。正確には自民党総裁選であるが、最大政党の自民党の総裁は即総理大臣となる。

小泉政権の5年間の評価は分かれるところであり、私としては5年前に比べ日本が良くなったとは思えないが、近年の歴代の総理と比べて政策を実施するにあたり、自民党の意向に抵抗できたかな?位は評価している。

日本も大統領制にすべき時期に来ている、と考える人が増えていると思うのだがどうなのであろう。権限を大きくする代わりに、大統領・政権政党の責任を明確にし、政権交代を容易にすることが今の日本には必要と思う。

間違ったら責任をとる、という当たり前のことが今の日本には正しく行われていない。総理大臣をはじめ、霞ヶ関の役人など全てにこのことを当たり前としなければ、これからの日本の未来は暗い。

2006年6月21日 (水)

ノブレス・オブリージュ

日銀の福井総裁が村上ファンドに1000万円預託し、1400万円の利益を受けていたことが判明したことが問題となっている。内規などには抵触していないが、定期預金が1%にも満たない現状からは、庶民感情として非難が出ている。

庶民感情をさらに言えば、村上ファンドに預託するのが最低1000万円であり、金持ちだけを相手にしての投資会社なのであって、今の市場原理主義では金持ちだけがリスクを負って大もうけできるのである。

日銀総裁は5年前までは総理大臣より報酬が多く、そのことが問題となって漸次報酬は下げられているが、それでも高額所得者なのである。

ノブレス・オブリージュ(高貴な者に伴う義務)という騎士道精神を表した言葉がある。今の日本で高貴な者とはエリート官僚のことだと思うが、私欲を捨てて、本当に日本のことを憂慮し日々職責を果たしているのなら、高額な報酬(米国より日本ははるかに高い)も頷けるが、どうなのであろうか?

2006年6月20日 (火)

刑罰

山口県光市で99年に起きた母子殺害事件は最高裁により、高裁へ差し戻しとなった。このことにより、再審では死刑になる可能性が高まったと言われている。

日本では極刑として死刑があるが、死刑存続論とともに廃止論もあり法学上の問題となっている。世界的にも考えは二分している。

日本の場合、死刑でなく終身刑となると10~15年位で出獄となる例が多いと言われる。私は法理学のことなど全く分からないが、少なくとも終身刑がこのようだとすると、抑止力としての刑罰の目的は果たせないのではないか?

凶悪な犯罪が頻発し社会問題となっているが、今回の最高裁の判断を機に、刑罰についての社会的なコンセンサスが必要なのではないか。

2006年6月18日 (日)

テポドン2号

北朝鮮がテポドン2号の発射準備を終え、カウントダウン寸前であると伝えられている。サッカーのW杯に世界中が沸いている中、この行為はなにを意味するのだろうか?

言論人ではない私には受け売りのことしか分からないが、テポドン2号は外交的には、現在行われているマカオのバンコ・デルタ・アジア銀行への金融制裁の解除の要求であり、内政的には国民への軍事力強化の成果を示し、金正日の政権の維持を図るのが目的である。

一方、韓国と北朝鮮の統一の動きが有り、それは北朝鮮の専制国家の所謂民主化ではなく、逆に韓国が北朝鮮に併合されるのだという(櫻井よしこ)。私は米国のイラク戦争を支持しないが、餓死者が毎年出ている北朝鮮の専制国家は問題(アマルティア・セン:貧困の克服)である。

1998年のテポドン1号の時の日本政府の対応は、全く危機管理に欠けるものだったと思うが、今回の2号について拉致問題も併せ、北朝鮮に対してあらゆる外交的手段をとらなくてはならない。間違いなく北朝鮮をかばうであろう中国に対しても、その口実を与えないよう考えなくてはならない。

2006年6月16日 (金)

法律と道徳

耐震偽装問題に対して建築基準法、建築士法の改正が可決された。罰則の強化や設計の検証を二重に行うなどであるが、気になるのは倫理規定が盛り込まれたことである。

この問題は確かに倫理観の欠如した建築士の責任が第一であり、倫理規定を設けたのであるが、法文化すれば倫理観が高められるのであろうか?同じことが憲法改正論議の中で、愛国心について法文化する議論がなされている。法文化すれば愛国心が高められるのであろうか?

倫理観とか愛国心などは道徳の問題である。どのような人になればいいのか、日本にはどんな偉人がいたのか、など道徳心教育がちゃんと為されていないから、このように法文化して問題解決したつもりでいるのではないか?

道徳教育というとすぐ又、戦前の教育勅語となり、日本国民全てが戦争に賛成する話となるが、いい加減にやめてもらいたい議論である。法律より道徳は大切である。

単一民族である日本では、道徳心さえあれば平和で、安心な社会となれるのである。今日本社会で起きている事件の大部分は道徳の問題に思えてならない。

2006年6月14日 (水)

禁煙

タバコを始めたのは高校3年の時だった。僕は翌年の受験を控えて最後の追込みにかけていた。受験というのは本当に嫌なもので、今の歳になってもたまに思いだすことがある。だいたい受験勉強などは何の創造性、生産性などが皆無であり、全国で何十万人も同じ受験生が居るのだとあきらめなければ、とてもやってられないものである。

だからある日僕はパチンコ屋に行った。ビギナーズラックだったのである。玉が無くなるスピードよりチューリップに入る率の方が高かった。どのくらい経ったのだろう、小1時間ほどで小さい箱に一杯になった。高校生ということでビクついていたこともあって、もうイイヤという気になりやめた。

玉をどうするかである。今から考えれば、チョコレートとでも替えればよかったが、なんか子供に見られそうなのと、チョコレートみたいなのが景品としてあるのかも知らなかったので(勿論両替などは当然知らない)タバコにしたのだった。

僕が本格的にタバコをのむようになったのは、大学に入ってからである。次に吸ったのはハイライトだったがうまいとは思わず、かっこつけ、あるいは手持ちぶさたからであった。

タバコがうまいと思えるようになったのは缶入りピースを吸うようになってからである。缶入りピースは僕にとっては大人の香りだった。ノベルにはよく両切ピースが出てきて、主人公がピースをトントンと叩いて葉を詰めてから火を付けている。

そのピースだが、箱よりは缶なのである。タバコが最も嫌うのは湿気であり、香気が抜けることである。缶ピースは薄いブルキ板で密封されていて、蓋に付いているツメで開けるのだ。プシュと音がして窒素ガスが抜ける。いい香りが漂う。クリクリと蓋をまわして繰り抜く。

ぎっしり詰っているタバコを1本引き抜いてトントンやる。当然トントンやった上の方は巻紙だけになるが、そっちを口にくわえて火をつける。タバコを吸う。肺まで吸込む。鼻から煙を出す。ニコチンが溶け込んだ唾液をのむ。タバコをのむ。

というわけで、カッコつけるために缶ピーを半年位吸っていた。そしたら、タバコが必需品となった。本数が増えた。両切だと口がペッとしたくなるので、缶ピーはやめた。ハイライトにした。本数が増えた。始終ムカツクようになった。チェリーにした。本数が増えた。のどの調子がおかしくなった。サムタイムにした。サムタイムがずっとになった。

知らず識らず結婚することになった。酒はやらず、タバコもすわない家内の実家は、僕には奇特であったが、相手からは僕は不良位に見えたかもしれない。義父の兄上は医者なのだが、手紙で僕にタバコをやめろと忠告してきた。余計なお節介である。タバコは確かに自他ともに良くないことは分っていたが不愉快だった。

タバコ歴12年、それまで禁煙は考えたことはなかった。しかし禁煙が頭を過るようになっていった。年末に子供が出来ていることが分った。偶々僕は風邪をキャッチしてしまっていた。せきがでて寝込んでしまい、とてもタバコを吸う気がしない。

年が開けて参賀に行く事になった。まだ全快ではなくて、タバコは口にしていなかった。年頭の願かけは当然子供が無事に生まれる事だが、僕自身何かしようと思い、ふと禁煙が頭を過った。「やらない」ことをやろうと考えたのである。

2006年6月10日 (土)

エレベーター事故

港区の集合住宅でのエレベーター事故は痛ましいかぎりですが、いったい原因は何なのでしょうか?エレベーターの機械そのもの(ハード、ソフト)か、それとも保守管理が原因なのでしょうか?

この事故は六本木の森タワーでの回転扉事故と全く同じに思えます。六本木の事故では結局、メーカーと管理会社および建物オーナー(貸しビル業)が起訴されています。この時一部に言われましたが、1件の重大な事故発生の前には軽い事故が29件発生しており、さらにその前には前兆的なものが300件ある、というハインリッヒの法則です。

報道されているところによれば、事故が発生したエレベーターはたびたび故障しており、まさにこのハインリッヒの法則が当てはまりそうです。だとすれば、六本木の事故の教訓は生かされなかったと言えるのでしょう。紀元前5世紀の論語「過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ」は現代でも真理なのです。

日本は20年くらい前には世界一安全(治安が良い)であり、又、水道水も飲料として問題無い国と言われていました。今はどうでしょうか?一家4人惨殺事件や、JR西日本の事故、幼児殺害、そして今回のような事故です。又、地下水汚染により水道水はもう飲料としては危ないのです。どうすれば良いか今国民一人一人(大人)に問われています。

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